14世紀後半に、今川範氏が駿河支配のために、葉梨荘に入り、 居館の詰城として築城したものとされる。16世紀前半には 今川義元が異母兄の今川良真との家督争いの舞台となった事でも 有名である。城は、烏帽子形山の支峰の城山の頂部にあり、 曲輪、空堀、土塁、土橋が遺構として残されている。