【270. 丸子城】  
静岡市
横堀
案内板
本曲輪
竪堀

築城は南北朝期と推定され、斎藤加賀守ら一族が一帯を支配していた。
1568年、武田軍の侵攻により勢力下に置かれ、山県昌景等が在番した。
武田支配時に改修され、現在の遺構の形態となった。1582年、徳川軍の
侵攻により、その支配下に置かれたが、1590年、家康の関東移封に伴い、
廃城となったと考えられる。この城は、三角山の頂上を中心に築かれ、
本曲輪の尾根上に大小の曲輪が配置され、土塁、堀、虎口を巧みに組合せている。

★所感
 ここの遺構は戦国期の山城の特徴、特に武田式の特徴を
 完全に近い形で残しており、大変素晴しい。山を登るのが
 若干しんどいが、それに余りある遺構群である。
 是非再訪したい。
訪城回数:1回(2008年2月8日)
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