【49.岩略寺城】  
豊川市長沢町御城山
訪城回数:1回(2001年9月29日)
1444〜1449年、細川成之が三河守護の時代に、関口刑部少輔満興によって
築かれ、弟の長沢次郎直幸が守っていたと伝わる。1458年、松平信光に攻略され、
子の親則が入り、長沢松平氏の祖となった。城は、徳川家康の関東転封により
廃城となったと思われる。最高所の本曲輪から五筋の尾根が張り出して谷堀を形成し、
それらの尾根は堀切や土塁、小曲輪で構成されている。
本曲輪
二ノ曲輪
井戸曲輪
腰曲輪
★所感
  三河で遺構が良好に残る数少ない城跡である。城域も結構広く、整備もよくされている。
  
南曲輪
土塁
案内板
愛知県へ戻る
評価